米国商務省が2024年7月に発表した2023年末時点の米国の対内直接投資残高は、前年比4.4%増の5兆3,941億ドルになった()。外国からの直接投資残高は前年末に比べ2,270億ドル拡大し、低水準にとどまった前年の伸び率(2.0%増)を上回った。国別では、5年連続で日本が最大の投資元となっており、化学、輸送機械、コンピュータ・電子製品、卸売りなどの主要投資先業種において残高の増加がみられた。本稿では、対内直接投資残高統計を用いて2023年における外国からの対米投資動向を概観した上で(注1)、同年に明らかになった日本企業の投資事例を基に、日本からの投資の傾向を検証し(注2)、今後の行方を展望する。   投資元上位5カ国をみると、日本が前年比2.9%増の7,833億ドルとなり、2019年以降、5年連続で首位を維持した。日本に次いでカナダ(12.5%増、7,496億ドル)、ドイツ(7.6%増、6,578億ドル)、英国(4.9%減、6,356億ドル)、フランス(1.0%増、3,705億ドル)の順位となった(図1参照)(注3)。上位5カ国では、前年2位の英国が投資残高の減少により4位に後退。代わって、カナダが2位、ドイツが3位に1つずつ順位を上げた。また、日本からの投資残高の増加幅が221億ドルにとどまったのに対し、カナダとドイツはそれぞれ836億ドル、463億ドルと大きく増加し、残高差は縮小しつつある。この結果、米国の対内直接投資残高に占める国別シェアは、日本が前年の14.7%から14.5%に低下する一方、カナダは13.9%(前年:12.9%)、ドイツは12.2%(同11.8%)に上昇した。2023年におけるカナダ企業による大型の対米投資としては、ウラン採掘企業のカメコなどのコンソーシアムによる米電機大手ウエスチングハウス・エレクトリック買収(79億ドル)、カナダの産業機械オークション企業リッチー・ブラザーズ・オークショニアーズによる米中古車デジタル・マーケットプレイスのアイ・エー・エー(IAA)買収(70億ドル)、カナダのクリーンエネルギー企業パターン・エナジーによるニューメキシコ州とアリゾナ州での送電網構築(40億カナダ・ドル)などの発表があった。ドイツ企業による大型投資としては、フォルクスワーゲン(VW)傘下のスカウト・モーターズによるサウスカロライナ州での20億ドル規模の電気自動車(EV)製造工場建設の発表などが挙げられる。英フィナンシャル・タイムズのデータベース「fDi Markets」によると、製造業の工場建設やインフラ投資などグリーンフィールド分野におけるドイツ企業の対米投資発表件数は、2023年に196件と、前年の141件から増加した。   業種別では、製造業が米国の対内直接投資残高の41.2%を占め、最大の投資先となった(表1参照)。製造業の中では、投資残高の最も多い化学が前年比2.1%増(155億ドル増)の7,667億ドル、これに次ぐ輸送機械が3.3%増(73億ドル増)の2,290億ドルとそれぞれ増加した。非製造業においては、最大の金融・保険業が0.8%減(46億ドル減)の5,738億ドルに減少した一方、2番目に多い卸売業は8.1%増(404億ドル増)の5,412億ドルに拡大した。   製造業では、2023年に特にEVに関連した韓国メーカーよる大型投資の発表が目立った。韓国の現代自動車とLGエナジーソリューションは5月、ジョージア州にEV用バッテリーセルを製造する合弁会社の設立を発表。出資比率は50%ずつで、総額43億ドル以上を投じる予定とした。6月にはゼネラルモーターズ(GM)と韓国のサムスンSDIが30億ドル超を投資してインディアナ州にバッテリーセルの製造工場を建設することが明らかになった。10月にはステランティスとサムスンSDIが32億ドル以上を投じ、インディアナ州で2カ所目のEVバッテリー工場を建設すると発表した。他方、近年、大型投資の発表が続いた半導体関連では、非米系企業による大規模な投資発表はみられなかった(注4)。ただ、非米系半導体メーカーの投資発表は、2024年に入り再び活発化しており、これまでに台湾積体電路製造(TSMC)のアリゾナ州での第3工場建設(第1、第2工場と合わせた投資総額650億ドル以上)や、韓国SKハイニックスのインディアナ州での半導体パッケージ工場建設(39億ドル)などが明らかになっている(注5)。一方、非製造業おいては2023年に、シンガポールの政府系ファンドGICなどによる不動産投資信託(REIT)のストア・キャピタル買収(138億ドル)、先述したカナダのリッチー・ブラザーズ・オークショニアーズによる米中古車デジタル・マーケットプレイスのIAA買収(70億ドル)などの大型M&Aが行われた(表2参照)。   日本からの直接投資残高(7,833億ドル)の内訳をみると、最大のシェア(20.6%)を占める化学が前年比4.0%増(62億ドル増)の1,617億ドルとなった(表3参照)。同業種では、2023年に武田薬品工業による米バイオ医薬品企業ニンバス・ラクシュミ買収(60億ドル、マサチューセッツ州)や、アステラス製薬による同アイベリック・バイオ買収(53億1,600万ドル、ニュージャージー州)、味の素による遺伝子治療薬の医薬品開発製造受託機関(CDMO)フォージバイオロジクス買収(5億5,400万ドル、オハイオ州)、などのM&Aが行われた(表4参照)。うち、武田薬品工業とアステラス製薬による買収案件は、2023年に行われた外国企業による対米M&Aの金額上位5位、6位にそれぞれ位置づけられる。2024年に入っても、4月に小野薬品工業が米バイオ医薬品企業のデシフェラ・ファーマシューティカルズ(マサチューセッツ州)を約24億ドルで買収しており、日本の製薬企業による米企業買収が続いている。   グリーンフィールド投資では、富士フイルムが細胞治療薬のCDMO(開発・製造受託)を展開するウィスコンシン州、カリフォルニア州の拠点への設備投資(約2億ドル)を発表したほか、旭化成メディカル米子会社(カリフォルニア州)のバイオ医薬品CDMO能力増強などが明らかになった。富士フイルムは、2021年にノースカロライナ州でバイオ医薬品製造拠点の建設(20億ドル)、2022年に同州での生産拠点新設(1億9,000万ドル)、さらに2024年4月にも同州のバイオ医薬品製造施設に12億ドルの追加投資を発表しており、4年続けて大型投資を公表している。そのほか、2023年には、協和キリン(ニュージャージー州)、アステラス製薬(マサチューセッツ州)、日本新薬(マサチューセッツ州)など、日本の製薬企業による米国内での協業やイノベーション創出を目的とした拠点開設の発表が続いた。米国内における慢性疾患の増加、高齢化の進行に伴う医薬品需要の高まり、自社開発パイプラインや人材拡充の必要性、あるいはバイデン政権による研究・開発予算増額や医薬品サプライチェーン強靭(きょうじん)化の取り組みなどを背景に、日本企業が米国内各地で医療関連ビジネスを拡充する動きが広がっている。   製造業で化学に次いで多い輸送機器の投資残高は0.4%増(3億ドル増)の666億ドルとなった。バイデン政権が2022年に成立させたインフレ削減法(IRA)に基づくEVなどクリーンビークルの普及策(購入や製造に係る税額控除など)、これに後押しを受けた完成車やバッテリーメーカーの生産拠点新増設の動き、新車販売市場の回復とEV・ハイブリッド車のシェア上昇などを背景に、2023年に日系メーカーによる投資発表が続いた(注6)。完成車メーカーでは、トヨタ自動車が6月にケンタッキー州の生産拠点での2025年EV生産開始(注7)、およびミシガン州の研究開発本部にEVバッテリー試験施設の増設(5,000万ドル)を発表したほか、11月にはノースカロライナ州に建設中のEV用バッテリー工場への80億ドルの追加投資を発表した。今回の追加投資により、トヨタの同州バッテリー工場への累計投資総額は約139億ドルに達し、5,000人以上の雇用を創出することとなる。他方、部品メーカーによる投資としては、同年にトヨタ紡織のケンタッキー州での新工場建設(2億2,500万ドル)や、日立アステモのケンタッキー州生産拠点の電動化に向けた拡張投資(1億5,300万ドル)、OTICSのテネシー州での拡張投資(1億4,700万ドル)、東プレのオハイオ州およびテネシー州での拡張投資(1億4,000万ドル)、豊田自動織機のジョージア州での新工場設立(6,900万ドル)、デンソーのミシガン州製造施設への追加投資(6,300万ドル)などが明らかになった。   前年に続き、EVバッテリーに関連したメーカーの投資も複数みられ、大日本印刷が2億3,300万ドルを投じてノースカロライナ州にバッテリーパウチ製造の工場建設を発表したほか、旭化成がノースカロライナ州でのリチウムイオン電池用セパレータ塗工能力の増強、東洋インキがケンタッキー州での北米第2拠点設立を発表した。これら事例から分かるように、自動車関連の投資の大部分が中西部から南東部にかけての地域に集中する。同地域に立地する州は、投資額や雇用者数に応じて助成金や税優遇を提供するなど、州知事を筆頭に投資誘致に熱心に取り組んでいる。なお、自動車以外の輸送機器としては、ホンダエアクラフトによるノースカロライナ州の施設への投資と新型ビジネスジェット機の製造(5,570万ドル)、空飛ぶクルマの開発を手掛けるスカイドライブによるサウスカロライナ州への拠点設立、コマツによるミシガン州のEV用バッテリーメーカー買収などが同年に明らかになった。   その他の主要業種では、コンピュータ・電子製品の投資残高が5.2%増(22億ドル増)の438億ドルに拡大した。バイデン政権は2022年に成立させたCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)の下、総額390億ドルの助成金を梃に国内の半導体製造能力増強を進めており、これに応じた大手半導体メーカーによる生産拠点の新増設、人工知能(AI)の普及や自動車の電動化に伴う国内の半導体需要増などに対応した日系企業の投資発表が近年みられる。2023年に明らかになった投資案件としては、デンソーと三菱電機のシリコンカーバイド・ウエハー製造などを手掛ける米事業会社への出資(計10億ドル、デラウェア州)、富士フイルムの半導体用プロセスケミカル事業買収(7億ドル、テキサス州)、レゾナックのカリフォルニア州シリコンバレーでの半導体後工程R&D拠点新設、ミタチ産業のミシガン州での半導体・電子部品など販売子会社設立、Nippon Expressホールディングスのアリゾナ州での半導体専用倉庫開設などがあった。台湾や韓国の半導体大手がCHIPSプラス法に基づく助成金や融資、投資税額控除などの受給を前提に、巨額を投じて半導体工場建設を進めるのに対し、日本からは半導体サプライチェーンの上流に位置する素材や化学品、半導体製造装置・部品を供給するメーカー、あるいは製造関連サービスを手掛ける企業による投資が主流となっている。   また、他業種に比べ規模は小さいものの、食品の投資残高が5.2%増(3億ドル増)の63億ドルに拡大した。2023年にはヤクルトのジョージア州での製造拠点設立(推定3億500万ドル)、日清食品のサウスカロライナ州での工場新設(2億2,800万ドル)、旭酒造のニューヨーク州での酒造開設などの発表があった。M&Aでは、大塚製薬の米子会社が女性の健康分野に特化した製品の製造販売を行うボナファイドヘルスの買収を発表した(4億2,500万ドル、ニューヨーク州)。近年、南東部や中西部を中心に日本の食品メーカーによる工場建設が活発化しており、上記以外にも、2022年にキユーピーがテネシー州での生産拠点新設(6,200万ドル)を発表したほか、2024年に入りキッコーマンが1月にウィスコンシン州に米国第3工場建設(5億6,000万ドル)、森永製菓が7月にノースカロライナ州に第2工場建設(1億3,600万ドル)を発表している。こうした動きの背景には、日本食の人気拡大や長期的な人口増で成長持続が見込まれる米国市場の取り込み強化に加え、新型コロナウイルスによるパンデミック下のサプライチェーン混乱を経験し、さらなる地産地消を進めたいメーカー各社の戦略がある。   一方、非製造業においては、2023年に最大の卸売業の投資残高が5.9%増(79億ドル増)の1,416億ドル、次いで金融・保険が4.2%減(45億ドル減)の1,006億ドル、不動産・リースが10.0%増(31億ドル増)の345億ドルとなった(注8)。これら業種のうち、前年からの伸びが最も高い不動産・リースでは、2023年7月に三菱地所と大成建設がジョージア州アトランタ市で賃貸住宅を中心とする大規模複合開発事業(総事業費約525億円)への参画を明らかにするなど、人口増加が続くサンベルト地帯と呼ばれる南部を中心に日本の不動産事業者、住宅メーカーが住宅開発を手掛ける動きが近年、活発化しつつある。2024年4月には積水ハウスが米国での戸建て住宅の供給体制強化のため、米住宅会社のM.D.C.ホールディングス(コロラド州)を約49億ドルで買収した。このほか、不動産関連では同年に、九州電力のイリノイ州での物流施設開発事業参画や、NRSのアリゾナ州での総合物流拠点新設、大創産業のテキサス州での物流センター開設、などが発表された。大創産業は2023年7月に米国100店舗目をオープンさせており、2030年までに米国内の店舗数を1,000店舗に拡大する目標を掲げる。パンデミック後の国内の堅調な消費や物流量の増大に対応した動きが進展している。   既述の投資事例で見てきたように、2022年成立のIRA、CHIPSプラス法などバイデン政権による安全保障上の戦略分野(EV・バッテリー、半導体、製薬、再生可能エネルギーなど)を対象とした国内産業振興策、新型コロナ・パンデミック後の国内需要の急回復、あるいは地政学リスク回避を目的とした企業による地産地消の推進などを背景に、製造業を中心とするグリーンフィールド投資は高水準を維持する。前出の英フィナンシャル・タイムズのデータベースによると、グリーンフィールド分野における外国企業の対米投資発表件数は2022年に1,984件と、データを取得可能な2003年以降の過去最高を記録し、2023年も1,975件とほぼ横ばいで推移した(図2参照)。2024年1~5月の投資発表件数は1,121件と、既に前年の年間実績の半数を超えており、このペースを維持すれば過去最高値の更新が視野に入る。日本企業による投資発表も2022年の109件から2023年に125件に増加し、2024年1~5月は66件と、既に前年の半数を超えた。世界のグリーンフィールド投資が2024年に入り減少に転じている中、米国の状況は突出している。   一方、米国企業を対象としたクロスボーダーM&Aは低調な状況が続く。2023年の対米M&A件数は1,923件、同金額は1,737億ドルとなり、いずれも前年(1,960件、2,364億ドル)を下回った。2024年1~6月の対米M&A件数は779件と、前年同期の1,065件を大きく下回っており(金額は前年同期比6.5%増)、2024年内の急回復は見通せない状況だ。M&Aは例年、投資残高増加への寄与が大きいが、2023年には買収額が100億ドルを超える大型買収が1件にとどまった(表2参照)。近年のドル高や高金利による資本コスト上昇、持続するインフレ、企業買収審査の厳格化、世界景気後退への懸念、地政学リスクの高まりなど複合的な要因により、国境を超えたM&Aは世界的に低調な状況が続いており、2023年の対内直接投資残高の近年としては比較的低い伸びにつながったとみられる(注9)。ただ、こうした状況下にあって、日本企業による対米M&Aは2023年に208件、214億ドルと、件数、金額ともに前年(171件、91億ドル)から増加し、日本企業の投資意欲の底堅さを示した。2024年1~6月も件数(前年同期104件→73件)は減少したものの、金額は前年同期比63.4%の大幅増となった。資本コストやインフレの低下など既述の要因が解消に向かえば、さらなる増加の可能性はある。   米国は2024年11月に大統領選挙を控え、その結果次第では、IRAに基づく助成金や税額控除などの投資インセンティブ、金利水準、企業買収・合併審査、法人税制、環境・労働などの各種規制、関税政策、移民政策といった米国の投資環境と密接にかかわる政策に大きな変更が生じ得る。既述のとおり、外国企業による対米投資は2023年に、グリーンフィールド投資は堅調さを維持した一方、M&Aは低調に推移した。こうした中、日本企業は世界販売における米国市場を重視し、いずれの投資形態においても対米投資を加速している。2023年12月に明らかになった日本製鉄によるUSスチールの買収発表はその象徴的な事例の1つであろう。足元で対米外国投資委員会(CFIUS)の審査が進むが、実現すれば日本企業による過去最大級の対米M&Aとなる。対米投資に関する日本企業の方針については、ジェトロのアンケート調査においても、今後1~2年に米国事業を拡大する在米日系企業の割合上昇や、今後の事業拡大先として、ベトナムや中国を抑えて米国を挙げる日本企業(日本本社)が最も多いことが確認されている(注10)。11月の大統領選の結果がもたらす政策変更リスクを折り込みつつ、日本をはじめとする各国の企業の対米投資が今後どのように進展するのか注視される。